不妊治療のステップは、原因や体の状態に合わせて段階的に進めるのが一般的です。
治療は検査から始まり、体の負担が少ない順に「タイミング法」「人工授精」「体外受精」という3ステップで進められます。
ただし、年齢や検査結果によっては、初期段階から高度な治療を選択することもあります。
不妊治療のステップアップを検討するタイミングや、保険適用に関する知識も重要です。
この記事では、不妊治療の全体像について解説します。
そもそも不妊とは?考えられる原因
日本産科婦人科学会では、不妊を「妊娠を望む健康な男女が避妊をしないで性交をしているにもかかわらず、1年間妊娠しないもの」と定義しています。
原因は女性側、男性側、あるいはその両方にある場合や、検査をしても原因が特定できない場合もあります。
不妊の原因の割合は、女性のみ、男性のみ、男女両方、原因不明がそれぞれ約4分の1ずつとされています。
性交渉の回数が極端に少ない、いわゆるレスの状態も妊娠の機会を減らす一因と考えられています。
女性側に考えられる主な原因
不妊の原因の割合として、女性側に何らかの要因があるケースは半数以上にのぼります。
女性側の主な原因には、卵子が育ちにくい、あるいは排卵がうまくいかない排卵因子があります。
また、卵管が詰まったり狭くなったりして、卵子と精子の出会いを妨げる卵管因子、受精卵の着床を阻害する子宮筋腫や子宮内膜ポリープなどの子宮因子、精子が子宮内に進入するのを妨げる頸管因子などが挙げられます。
このほかにも、免疫の異常によって受精が阻害される免疫性不妊や、加齢による卵子の質の低下も原因となり得ます。
男性側に考えられる主な原因
不妊の原因の約半数には、男性側にも何らかの要因が関わっているとされています。
男性不妊の主な原因として最も多いのが、精子をうまく作れない「造精機能障害」で、全体の約8割を占めます。
これには、精子の数が少ない、運動率が低い、奇形率が高いといった状態が含まれます。
次に、精子の通り道がふさがっている「精路通過障害」、勃起障害(ED)や射精障害といった「性機能障害」などが挙げられます。
男性側の原因を調べるためには、まず精液検査を行うのが一般的です。
夫婦ともに原因が見つからない場合もある
一通りの検査を行っても、不妊につながる明確な原因が見つからない場合、「原因不明不妊(機能性不妊)」と診断されます。
これは不妊に悩むカップルの10~30%程度に見られ、決して珍しいことではありません。
原因が特定できないからといって、妊娠できないわけではありませんが、治療方針を立てる上では、年齢やこれまでの不妊期間が重要な要素となります。
現在の検査では捉えきれない卵子や精子の質の低下、受精や着床のプロセスにおける何らかの障害が隠れている可能性も考えられています。
不妊治療を始める前に行う主な検査
不妊治療は、まずカップルそれぞれの体の状態を把握し、不妊の原因を特定するための検査から開始されます。
基本的な検査によって得られた情報をもとに、個々の状況に合った治療方針を決定します。
女性の場合はホルモン値を調べる血液検査や子宮・卵巣の状態を確認する超音波検査、卵管の通りをみる卵管造影検査などが行われます。
男性の場合は、まず精液検査で精子の状態を評価します。
これらの検査は、適切な治療法を選択する上で不可欠です。
ホルモンバランスや卵巣予備能を調べる血液検査
血液検査は、ホルモンバランスを評価し、排卵が正常に行われているかなどを調べるために行われます。
月経周期の特定の時期に採血し、卵胞の発育を促す卵胞刺激ホルモン(FSH)や、排卵を誘発する黄体形成ホルモン(LH)、乳汁分泌に関わるプロラクチンなどの値を測定します。
また、抗ミュラー管ホルモン(AMH)を調べることで、卵巣の中にどれくらいの数の卵子が残っているかの目安(卵巣予備能)を知ることができます。
これは、今後の治療計画、特に体外受精における卵巣刺激法を決定する際の重要な指標となります。
子宮や卵巣の状態を確認する超音波検査
超音波(エコー)検査は、子宮や卵巣の形、大きさに異常がないかを確認する基本的な検査です。
通常は、プローブと呼ばれる細長い器具を腟内に挿入して行う経腟超音波検査が用いられます。
この検査により、子宮筋腫や子宮内膜ポリープ、卵巣嚢腫といった病変の有無を調べることが可能です。
また、卵胞の大きさを計測して排卵の時期を予測したり、受精卵が着床する子宮内膜の厚さを確認したりするためにも頻繁に行われます。
痛みもほとんどなく、不妊治療のさまざまな場面で活用される重要な検査です。
精子の数や運動率を評価する精液検査
精液検査は、男性不妊の基本的な検査であり、精子の状態を評価するために行います。
マスターベーションによって採取した精液を顕微鏡で観察し、精液の量、精子の濃度、運動率、正常形態率などを調べます。
これらの数値は世界保健機関が定めた基準値と比較され、自然妊娠の可能性を判断する材料となります。
精子の状態は、禁欲期間や体調によって変動することがあるため、一度の結果が悪くても複数回検査を行うことが推奨されます。
この検査によって、男性側の不妊原因の有無を大まかに把握できます。
不妊治療の基本的な3つのステップ
不妊治療は一般的に体の負担が少なくより自然な妊娠に近い方法から段階的に進めていきます。
この流れをタイミング法、人工授精、体外受精の3つのステップと呼びます。
検査結果や年齢、不妊期間などを考慮して最適な治療法から開始し結果が得られない場合に次の治療法へ進むステップアップが基本です。
ただし状況によっては最初から高度な治療を選択したり逆に体の負担を考えて治療法を見直すステップダウンを検討したりすることもあります。
ステップ1:排卵のタイミングに合わせて性交渉を行うタイミング法
タイミング法は、不妊治療の最初のステップとして行われることが多い治療法です。
超音波検査で卵胞の大きさを確認したり、尿中や血中のホルモン値を測定したりして、最も妊娠しやすい排卵日を予測し、その時期に合わせて性交渉を持つよう医師が指導します。
自然妊娠とほぼ同じプロセスをたどるため、心身への負担が少ないのが特徴です。
排卵が不規則な場合や、卵胞の育ちが悪い場合には、排卵誘発剤を併用して排卵を促し、タイミングを合わせやすくすることもあります。
まずはこの方法を数周期試みるのが一般的です。
ステップ2:精子を子宮内に直接注入する人工授精(AIH)
人工授精(AIH)は、タイミング法で妊娠に至らなかった場合などに検討される次のステップです。
排卵のタイミングに合わせて、採取した精液の中から運動性の良好な精子を洗浄・濃縮し、細いカテーテルを使って直接子宮の奥に注入します。
この方法により、精子が子宮頸管を通過するプロセスを省略し、卵子がいる卵管まで到達するのを助けます。
軽度の男性不妊(精子の数や運動率がやや低い)、精子が子宮内に入りにくい頸管因子、原因不明不妊などが主な対象となります。
体外で受精させるわけではないため、その後の受精から着床までは自然な妊娠と同じ過程をたどります。
ステップ3:卵子と精子を体外で受精させる体外受精(IVF)
体外受精(IVF)は、卵子と精子を体の外に取り出し、培養室で受精させてから子宮内に戻す、高度生殖医療(ART)の一つです。
一般的にステップ3と呼ばれ、卵管が詰まっている、重度の男性不妊、人工授精を繰り返しても妊娠しない場合などに行われます。
治療のプロセスは、まず排卵誘発剤で複数の卵子を育て、手術で卵子を採取(採卵)します。
その後、採取した卵子に精子をふりかけて受精させ、得られた受精卵(胚)を数日間培養し、良好な胚を選んで子宮内に移植するという流れになります。
体外受精には顕微授精(ICSI)という方法もある
顕微授精(ICSI:イクシー)は、体外受精の一つの方法で、より高度な技術を要します。
通常の体外受精が、培養液の中で卵子に精子が自力で到達するのを待つのに対し、顕微授精では顕微鏡で観察しながら、細いガラス針を用いて一つの精子を直接卵子の中に注入して受精を促します。
この方法は、精子の数が極端に少ない、運動率が非常に低いといった重度の男性不妊の場合や、通常の体外受精で受精障害が認められた場合に選択されます。
これにより、受精の確率を大幅に高めることが期待できます。
不妊治療のステップアップを検討するタイミング
不妊治療では、現在の治療法でなかなか結果が出ない場合に、次の段階の治療へ進む「ステップアップ」を検討します。
ステップアップのタイミングは、女性の年齢、不妊原因、それまでの治療期間、そして何よりカップルの意向を総合的に考慮して判断されます。
明確な決まりはありませんが、それぞれの治療法における妊娠率の傾向から、ある程度の目安が存在します。
医師と相談しながら、自分たちの状況に合った最適なタイミングを見極めていくことが重要です。
タイミング法から人工授精へ移行する目安
タイミング法から人工授精へのステップアップは、一般的に4〜6周期程度試みても妊娠に至らない場合に検討されます。
タイミング法で妊娠する人の多くは、治療開始から比較的早い期間に結果が出ており、半年以上続けても妊娠しない場合、その後の妊娠確率はあまり上がらないとされています。
1周期あたりの妊娠確率は数パーセント程度であり、この期間が一つの目安となります。
ただし、女性の年齢が高い場合や、他に不妊原因がある場合は、より早期のステップアップが勧められることもあります。
人工授精から体外受精へ移行する目安
人工授精から体外受精へのステップアップは、一般的に4〜6回程度試みても妊娠に至らない場合に検討されます。
人工授精による1回あたりの妊娠率は5〜10%程度とされており、妊娠に至るケースの多くは治療開始から初期の数回に集中する傾向があります。
この回数を超えても結果が出ない場合、人工授精では妊娠が難しい何らかの原因が隠れている可能性が考えられます。
特に女性の年齢が30代後半以上の場合、卵子の質の低下も考慮し、より妊娠率の高い体外受精へ早めに移行することが推奨される場合があります。
知っておきたい不妊治療の保険適用について
不妊治療を進める上で、費用は大きな課題の一つです。
2022年4月から、これまで自費診療が中心だった不妊治療の多くに公的医療保険が適用されるようになり、経済的な負担が軽減されました。
タイミング法や人工授精に加え、高額になりがちな体外受精や顕微授精といった高度生殖医療も保険適用の対象となっています。
ただし、保険適用を受けるためには年齢や治療回数に条件があるため、治療を始める前に制度の内容を正しく理解しておく必要があります。
2022年から保険が使えるようになった不妊治療の範囲
2022年4月から保険適用となった不妊治療は、原因を調べるための検査から実際の治療まで多岐にわたります。
具体的には、タイミング法や人工授精といった一般不妊治療、そして採卵、採精、体外受精、顕微授精、受精卵・胚培養、胚移植、胚凍結保存といった一連の高度生殖医療が対象です。
これにより、これらの治療にかかる費用の自己負担額が原則3割になりました。
ただし、一部の先進医療として認められているオプション治療は保険適用外となり、保険診療と組み合わせて実施することが可能です。
保険適用には年齢と治療回数の上限が定められている
不妊治療の保険適用には、年齢と回数の要件が設けられています。
まず、対象となるのは治療開始時点の女性の年齢が43歳未満の場合です。
回数制限は、体外受精や顕微授精における「胚移植」の回数に対して設定されています。
治療開始時の年齢が40歳未満の場合は、子ども1人につき通算6回まで、40歳以上43歳未満の場合は通算3回までが保険適用の対象となります。
この回数には、以前に受けた助成金の対象となった治療回数も含まれるため注意が必要です。
年齢や回数の上限を超えた場合は、自費診療となります。
まとめ
不妊治療は、検査で原因を探ることから始まり、一般的に「タイミング法」「人工授精」「体外受精」と段階的に進められます。
どのステップから始めるか、また次の段階へ進むステップアップのタイミングは、年齢、不妊原因、これまでの治療歴などを総合的に判断して決定されます。
2022年からは多くの治療に保険適用が拡大されましたが、年齢や回数に上限が設けられているため、治療計画を立てる際には制度を理解しておくことが不可欠です。
カップルで十分に話し合い、医師と相談しながら、納得のいく治療法を選択していくことが求められます。